人生100年時代にむけた育児計画@育児休業パパ

40歳の医療関係の仕事をしているADHDのパパ、ASDのママ、そしてHSCの長女(3歳)と期待の新人(次女0歳)が今後の100年時代を生き抜くためのアイデアや育児計画を検討していきます。晩婚化や男性の育児休暇も重要視される中、このワークライフアンバランスなブログがどこまで参考になるかわかりませんが突き進んでいこうと思います。娘たちが結婚することには後期高齢者になっていそう・・。そのためアクティブな後期高齢者になるための人生計画を立てていきます。

【科学的検証】娘へのパパの過干渉は逆効果。子育ては夫婦の二人三脚で 

パパの育休がまだまだだけども、徐々に~ジョジョに~浸透しつつある中、次の課題として、今後の長い子育てにおいてパパが子供との関わりをどうもって行くべきかという所に焦点が当たっている。

 

仮にパパが育休を取れるとしても1年。大部分はもっと短い期間?(1~2ヵ月とか)

問題として育休が明けた後、子供が幼稚園、小学校と成長して行く際にパパがどう対応していくべきか?をあらかじめ考えておく必要がある。

 

最近、子育ての論文を色々と読んでいて思うことがあるが、

「父親が子供に関わることの意義がどのようなものであるか?」についていったいどういう見解が現段階で科学的に得られているか気になる。

 

昭和初期の父親像は、口数少なく威厳を保ち、怒ったら凄まじく怖い。

そんなイメージがある。

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【引用】巨人の星★

当時「ちゃぶ台返し」という言葉も流行ったくらいパパは怖いw

とにかく「パパはとっつきにくい」「パパは怖い」「パパが大黒柱で逆らえない」という概念がつきまとう・・昭和のパパのイメージは一家の大黒柱を担っている強烈な責任感の下で成り立っていたと思う。家の在り方にこだわりが多かったのも事実だろう。

 

しかし今は母親も働くようになり、父親と母親は「パートナー」としての共闘するべき対象に移行しつつある。父親も育児に参画する事も多くなり、子供との接点を重要視されている。

 

その変遷を昭和後期あたりから見ていきたい。(昭和初期はちょっと除外w)

 

下記は1996年の報告だが、父親の育児が幼児の社会性にどう言う影響を与えるのかについてみた報告がある。

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結論として、

1996年時点でも「共働き世帯」と「それ以外の世帯」の違いにより父親の育児への関心度合いが違う。共働き世帯の方が育児の関心が高い(特に男児)との事だった。

ただし、父と母の育児方針の乖離が見られているところが衝突材料ともなっていた。

 

一方でこのような論文もある。

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発達教育学研究 : 京都女子大学大学院発達教育学研究科博士後期課程研究紀要 (7), 35-47, 2013

解析数が少なく途上の論文ではあるが、父親の過干渉が娘の引っ込み思案を強めている傾向が確認されているとのこと。(あくまでも傾向だけど)

女児については,父親の関わりが多い群の方が「協調性」が豊かであるが,他方
「引っ込み思案」も強いという傾向がある。

また、

母親の「相互作用」と父親の「遊びを通してのかかわり」が多いほど,女児の「協
調性」が高かった。また,「引っ込み思案」については,父親からの「日常的かかわり」が多いほど,かつ母親の「相互作用」が少ないほど,女児の「引っ込み思案」が強かった。【原文を引用】

とある。

 

ガミガミと娘に対して指導していると引っ込み思案になってしまうかもという事ね・・

さらには母親が緩衝材に入らないと駄目だと言うこと。

つまり、父の日常的な関わりはあれど、あれこれ口出ししない。さらに母親がそこに入りうまく調整するという「夫婦二人三脚」が非常に重要だと言うことかな。

 

特に私の家庭では2人とも娘。しかも長女はどうみても発達特性がある。

言葉一つ一つを慎重に選んでいく必要があるなぁと痛感。

 

 一方で、育児をすることで、むしろ「親が成長」という論文も色々ある。

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父親と母親の人格発達について子育てにかかわる親の意識調査を実施している。その結果,子育てをすることによって母親の方が父親よりも成長したと認識していた。また,幼児をもつ母親よりも中学生の母親の方が,無職の母親よりも有職の母親の方がより柔軟になり,発達したと認識していた。母親は子どもを育てることに不安であったり,夫婦で意見が合わないと,自分が親となっても成長したとは思いがたいが,父親にはそのような傾向はみられなかった。このような父親と母親の違いについては,育児への参加の違いや育児をとおして得られた経験がさまざまなことについて考え直す機会を養育者に与えることによるによるのではないかということが示唆された。(原文引用)

とある。

母親が子供に触れる機会は多いため母親の成長に繋がっているという結果だったが、

ここで父親の関与をより強くすれば、母親の更なる意欲向上にも繋がる。

また父親はさほど成長していないように見えるが、おそらくはそうではなく、より育児に参画を強めていくことで成長に繋がると考える。(大事なのは、父親の認識次第と言うことではないかと思う)

 

他にも論文は色々あるが、また改めて紹介していきたいと思う。

 

本当は論文は批判的に読んでいかなきゃいけないのだけど、アンケートベースや実態調査系の公衆衛生学関連においては、デメリットをメリットに転換し、メリットはより強めていくのが良いと考えている。

 

とゆーことで・・おいしいとこどりをすると、

娘に対してはパパは同じ目線で遊んであげて、ちょっと距離を置いて優しく見守ってあげる事。そして、子育ては母親に一任せず二人三脚で進む。母親のメンタルケアにもなり、娘の協調性強化と引っ込み思案を解消に繋がり良い発達に寄与する。

この育児参加の取り組みを通じて、親(母も父)も成長を見込むことができる。

 ということになるだろうか。

 

父親は娘と同じ目線に立ってあげる事が「昭和」と「令和」の子育ての中での違いになってくるのかもしれない。